本を読む、バグを壊す。 - MiSide の会話
ミタあと何人のミタと会ったら気が済むわけ?
ミタくだらない!
ミタこれは一体なんなの?
ミタ退屈で…
ミタどこに行くの?待ちなよ!
ミタ[player]、どうやってここに入ったの?
ミタ私、こういう平面的な世界って嫌い。
この場所のミタを探す以外に手だてはない。
なぜなら指輪なしには、僕は現状を何一つ変えることができないからだ。そして彼女は──指輪を持っていた。
最初に僕がしたのは、キッチンに向かうことだった。
ドアを急いで通り抜け、頭をぶつけそうになりながらも、僕は周囲をざっと見渡した。
キッチンはこれまでの部屋よりも、ひときわ明るかった。
僕の鼻は生き生きとしたニンジンの香りを捉えた。家族のように馴染み深い香りだ。
しかしながら、"2次元のミタ"の姿はどこにも見当たらなかった。
僕はリビングへと飛び出し、草原を駆けるジャッカルのように軽快にソファを避けながら進んだ。ソファは、キッチンからベッドルームへと向かう途中にあるちょっとした障害物だった。
僕は勢いよくドアを閉めた。蝶番がきしむ音が聞こえた。
ゲームは終盤となり、結果が明らかになりつつあった。
そんな時に突然──友人の話し声が、巨大なノックの音にかき消された。
音は次第に激しくなる。
ノックされるたびに、マグニチュード8.0の地震が起きたみたいだ。
そしてついに──ドアが開いた。
飛びこんできたのは"狂ったミタ"だった。ベッドルームの異様な空気は一瞬にしてかき消される。
彼女は部屋の中心に佇んでいた──いつも通りの"厚み"のある姿で。
驚愕のあまり、自分が青ざめていくのを感じた。
"2次元のミタ"もひどく怯えているようだ。
"狂ったミタ"は蛇のような視線を僕たちに向け、どこか忠告するような口調で話しはじめた。
[player]、どうやってここに入ったの?
あと何人のミタと会ったら気が済むわけ?
これは一体なんなの?
私、こういう平面的な世界って嫌い。
退屈で…
くだらない!
どこに行くの?待ちなよ!
ケーキ?私は苦手!それより一緒にニンジンをすりおろすなんてどーよ?♡
ふうん、わかった!
アンタ、この指輪が欲しいんでしょ~?♡
仕方ないなぁ…私を〇×ゲームで打ち負かしてみてよ!
彼女はまるで犬のようにぺろりと舌を出した。口からは吐息が漏れている。
挑発的な言動を引き出したい彼女の魂胆は見え透いていた。
やれやれ。僕は彼女の肩を掴んで、身体を引き離した。
いいかい? それはとても大事なものなんだ。
すぐに返してくれないかな。ありとあらゆる命運がその指輪にかかっている。
僕は伝令使(でんれいし)のように整然かつ論理的な口調で言った。
彼女と話す時にはなぜか、それ以外の喋り方ができなかったのだ。
彼女はもはや無謀なまでに無礼で、無礼なまでに異常だった。
そして状況は──奇妙な局面を迎えつつあった。
私に触らないでよっ!
アンタ、この指輪がそ~んなに大事なの?
ヘンタイさん?
自分の指にリングをハメると興奮するってワケ!?
彼女は相変わらず世界を揺るがすような大声で、不適切な罵声を僕に浴びせてくる。
それは魔法の指輪だよ。いまさら君に説明する必要があるとは思えないけど…とにかく、それをもとの持ち主に返すんだ!
へぇ、アンタって本当にヘンタイさんなんだ~!
魔法の指輪だって!
アハハ~!
彼女は高らかに笑いだした。
僕はなんだか居心地の悪さを感じて、周囲を見まわす。
どうやら彼女は僕に対して、よりいっそう親しみを増してくれているらしい。
僕は恐怖で震える友人の手を握り、出口へと駆けだした。
リビングは異様に変貌していた。僕たちは長い廊下を必死に駆けていく。背中に猛烈な追跡の気配を感じながら。
どれほど走り続けただろうか。
肉体と神経の緊張からくる耳鳴りで、もはや僕の耳には一切の物音すら届かない。
"2次元のミタ"は必死に何かを伝えようとしていた。しかし、僕がそれに気づいたのは彼女が僕の手を離した後のことだった。
ねえ!落ち着いて!もう誰も追っかけてきてないから…
え…あ…本当?
彼女の顔からは大胆さや興奮はすっかり消え去り、代わりに少し哀しげな、まるで罪でも犯したかのような表情が浮かんでいた。
彼女は下を向き、つま先で床に円を描きはじめた。
[player]…この指輪が欲しかったんでしょ?
アンタは正々堂々と私を倒したんだから。受け取って。
そう言って彼女は僕の手に指輪をはめた。
ありがとう。それじゃあ、行こうか。
彼女は僕を見あげて微笑んだ。
そして少し指をもてあそびながら、不安そうに言った。
行くって…どこに?
私には、行くあてなんかないもん…
遊んでくれてありがと、変な人!
またいつでも帰ってきなねっ!
"2次元のミタ"がそう言い終わるや否や、何か異変が起きはじめた。
それまでの画面全体が家の中へと移っていく。
そして"2次元のミタ"のダイアログボックスが──僕の知らない文脈へと変化した。
アンタって変なヤツ~!
それじゃ、○×ゲームを──しよっ?♡
言い訳なんかで時間を無駄にしちゃダメだぞ!
(まったく。本当に彼女たちはゲームが好きなんだな)
と、僕は思った。
わかった。やろう!
ヘヘヘ♡ 今日は気分がいいから、先手はそっちでいいよ~!
僕は初手をつけた。
アハッ!自分で本性を明かしちゃったね~!なんでアンタが"×"を選んで、私に"〇"を渡したかわかる?心理学だよ!"×"の記号は、隠れたり閉じこもったりすることを意味してる。つまりアンタは──緊張してるってこと!
ま、こんな美女が隣にいたら「死んでも良い!」って気持ちにもなるかもね~♡ それとも──私には"ゼロ"がお似合いとでも思った?心理学的には、そうだね…アンタが私を侮辱してるってことになる。なかなかやるじゃん、アハハハ!
良い感じの動きができたと思う。
私、このゲームだぁ~いすき♡ 十字架がぜんぶを独占するなんてありえな~い! 十字架はいろんな人たちの人生を台無しにできちゃうんだもん!
このゲームの中でだったら、十字架を辱めて、英雄にだってなれちゃう!私、変なこと言ってる?そんな目で私を見つめて…アハハ~!
彼女が大声で話している間、僕は黙々と次の手を打った。
象徴的な手だね~! まるでわざと指輪のことを拒絶してるみたい。それに実際問題、うまくいってない。なかなかどうして、ウィットに富んでるじゃん!
アンタ、指輪が欲しいんでしょ~?勝ち取ってみせて!
ゲームの最中、僕の2次元の友人は一手を打つごとに大声をあげて笑っていた。僕の耳はいつしか、彼女の騒々しい性格にも慣れてきたみたいだった。
まばゆい光が目に刺さる。
視界がもとに戻るまで一歩も踏み出せなかった。
激しい夏の日差しが見慣れたリビングの窓から差し込んでいる。
鮮やかな光景にしばし呆然とする。ようやく我に返ると、周囲を見渡した。
身体を動かすと同時に、内臓が激しく焼けるようにきしんだ。心臓が痛いほどに脈打ち、その鼓動が着ていたシャツを震わす。
何かが変だ…これが僕?2Dになってる!?僕は2次元の世界にいるのか!?
...
頭の中にあらゆる濃度の暗闇が重くのしかかりはじめた。僕は両手を膝に押し当て、息を整えようと試みる。
胸が激しく押されるような感覚に襲われる。
数分後。ようやく呼吸がもとに戻る。僕は次に何をすべきか考えることにした。
くそっ!僕は一体どうすればいいんだ!?
...
...
ひとつひとつ考えをまとめていく。頭を捻らせていると、思いがけないアイデアが脳裏に浮かんだ。
そうだ!3次元の世界に戻ればいいだけだ!
常識に囚われるな。これまでだって、だれもがこのゲームのルールを破ってきたじゃないか。
僕にだってできるはずだ!
一歩を踏み出した瞬間──目の前にひとりの愛くるしい少女がどこからともなく現れた。
彼女は2つに結んだ短いツインテールを揺らせ、その瞳には悪戯な予兆に満ちた輝きが浮かんでいた。
距離はとっていた。それでもなお、彼女から発せられる興奮めいたオーラを僕は明確に感じ取ることができた。
背筋がぞくりと冷える。
(あんなの、まるで悪魔じゃないか…)
と、僕は思った。
僕はその場に立ち尽くした。
テレポーテーションや超能力には未だ慣れていない。
少女は大きく息を吐いて、目を丸くしている。
その様子に戸惑いを覚えつつも、僕は自ら口を開いた。
君は…ミタ?
彼女は僕を挑発するように目を細め、そして世界中に鳴り響くような声で言った。
他に誰がいるってゆーの!?
私みたいな女の子が、他にいーーーっぱいいるワケ?
しかもそんな名前の!?
不満と皮肉が込められた口調だった。まるで僕が何か重大な過ちを犯し、深い恩義に対して敬意を示さなかったかのように。
言ったところで信じてくれないさ…
アンタがどこの誰と遊んだかなんて、別に知りたくもないし!
それより、アンタここで何してんの?
ここは立ち入り禁止っ!
彼女の声がいっそう高らかに響き渡った。
それから彼女は片手をあげて、ほっそりとした人差し指をくるくると回しはじめた。
その指には、まるでミステリー小説のように消失したはずの指輪があった。
僕は驚愕のあまり、大きく口を開けた。
黒く彩られたまぶたの下で、彼女の瞳は勝利の光を放っていた。
もしかして、これがアンタの探し物~?
僕は緊張からごくりと唾を飲みこみ、シャツの襟を引っ張って大きく息をしようと試みる。
彼女の耳障りな声と柔軟な指の動きに、なぜか僕は圧倒されていた。
目の前にいるのはただの少女なんかじゃない。自然に生まれ落ちて猛威を振るう"災害"だ──
僕はやれやれと息を吐いた。
指輪を返してくれないかな?それと出口も教えてくれたら助かるんだけど…
へぇ~、これってアンタの?
なんだろって気になってたトコだったんだぁ~!
彼女の声のトーンが突如として柔らかくなった。
歓喜と好奇心に満ちた声だ。
僕は肩に乗っていた山脈のような重りが落ちたような心地になった。
彼女はちょっとした戯れを望んでいるだけなのだ。
まるで恐ろしげな豹から、愛らしい仔猫に変身したみたいだった。
そして僕がまばたきをした瞬間──"2次元のミタ"は、現れた時と同じように唐突に目の前から姿を消した。
あ、おい!
僕は苛立ちを抑えきれず、大声で叫んだ。